9月 松ヶ岡開墾場と庄内映画村

庄内藩士3,000人が拓いた、
松ヶ岡開墾の歴史

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2017年9月某日
 9月を迎え、今年も残すところ3ヶ月余り。明治維新から150年の節目を迎える来年の大河ドラマは、西郷隆盛が主役だという。実はこの西郷隆盛と庄内は浅からぬ関係がある。
 出羽国田川郡庄内(現:鶴岡市)を本拠地に、庄内地方を知行した庄内藩は、転封が多い譜代大名にあって、明治維新まで酒井氏が一貫して統治した。戊辰戦争後、会津藩と並ぶ列藩同盟の盟主として厳しい処分を覚悟した庄内藩だったが、その内容は意に反して極めて寛大なものであった。この誘導には兵刃を交えた薩摩藩の西郷隆盛の口利きが大きく関わったという。秋も深まる9月下旬、その歴史を訪ねてみることにした。

02松ヶ岡開墾・二番蚕質s★DSC01330.jpg04松ヶ岡開墾記念館s★DSC01325.jpg05松ヶ岡開墾記念館s★DSC01328.jpg10松ヶ岡開墾記念館s★DSC02607.jpg08松ヶ岡開墾記念館の昔s★DSC01341.jpg13松ヶ岡開墾記念館s★DSC02625.jpg06松ヶ岡開墾記念館★DSC02627s.jpg11松ヶ岡開墾記念館田中コレクションs★DSC02622.jpg14松ヶ岡開墾・三番蚕室s★DSC01372.jpg15松ヶ岡開墾・三番蚕室s★DSC01360.jpg

 鶴岡ICを降りて車で約20分、向かったのは月山の麓にある「松ヶ岡開墾場」。ここは戊辰戦争に破れた庄内藩士約3,000人が、新時代の殖産興業であった養蚕業育成のため、刀を鍬に持ち替え、わずか58日で約100haもの原生林を開墾奉仕した地として知られる。 
 現在、開墾場跡地には1875~1877(明治8~10)年にかけて建造された日本最大の瓦葺上州島村式三階建の蚕室10棟のうち5棟が現存し、「松ケ岡開墾記念館(一番蚕室)」や「庄内農具館(四番蚕室)」、「庄内映画村資料館(五番蚕室)」などの名で一般公開されている。
 訪れた日はあいにくの小雨模様。しっとりと静かな緑に包まれた古い木造家屋は、歳月に愛された風格で私たちを迎えてくれた。
 入口で入館料(大人100円)を支払い、まずは「松ケ岡開墾記念館」へ。現在、建物は1階が開墾の歴史とシルクの製造工程にまつわる展示で、2階は開墾士の末裔の田中兄弟のコレクションである郷土玩具のギャラリーになっている。
 当時、日本の総輸出額の4割以上を占めていたという生糸。ここ松ヶ岡でも養蚕による産業の近代化を促進するべく、1874(明治7)年には311haに及ぶ桑園が完成。以後、国内最北限の絹産地として発展し、今なお養蚕から絹織物まで一貫工程が残る国内唯一の場所として“日本遺産”に認定されている。上品な輝きとしなやかな手触りを持つ“松ヶ岡シルク”は、現在「kibiso」ブランドの名で発信されているようだ。
 「おカイコさまの蔵」と名付けられた隣接する「三番蚕室」では、昨年、半世紀ぶりに再開した蚕の飼育も見学できる(6月と9月)。蚕が糸を吐き出し繭を作るまでは約3週間。サナギになる直前の食欲はまさに旺盛で、部屋中にガサガサと桑の葉を食む音が響く程だという。見学した日は寒さのせいか蚕の動きも緩慢で、耳を近づけてようやくカサカサと慎ましい音が聞こえる程度(笑)。お話によれば、蚕は世界最弱のデリケートな虫で、餌となる桑の葉はわざわざ40kmも離れた畑から無農薬のものを運んできているという。人に有益な蚕は“家畜”扱いのため、“一頭、二頭”で数えるという話も興味深かった。

16松ヶ岡開墾・映画村資料館s★DSC02597.jpg22松ヶ岡開墾・映画村資料館s★DSC01281.jpg21松ヶ岡開墾・映画村資料館s★DSC01279.jpg
27松ヶ岡開墾・映画村資料館s★DSC02587.jpg19松ヶ岡開墾・映画村資料館s★DSC02556.jpg26松ヶ岡開墾・映画村資料館s★DSC02576.jpg
28松ヶ岡開墾・くらふとs★DSC01314.jpg30松ヶ岡開墾・くらふとs★DSC01320.jpg29松ヶ岡開墾・くらふとs★DSC02599.jpg31松ヶ岡開墾・器ギャラリーs★DSC01378.jpg

地元ロケ作品の裏側にせまる、
庄内映画村資料館

 楽しみにしていた「庄内映画村資料館」は、映画ファンなら一度は訪れたい施設。ここは地元でのロケで実際に使われたセットや撮影機材、衣装や台本、その他、往年の名作洋画や邦画ポスターなど、映画にまつわる1000点以上の資料を展示している。
 近年、庄内エリアはその豊かな自然や昔ながらの景観を活かし、映画ロケを積極的に誘致している。ここで排出された作品には、米アカデミー賞外国語映画賞を受賞した「おくりびと」(2008年公開)をはじめ、日本映画史に残る名作が多々ある。
 館内には記念撮影のための貸衣装や映画に使われた小道具(「おくりびと」の棺桶も!)の他、映画のメイキング映像や昭和の懐かしいニュース映像も上映され、立体的な展示が楽しめる。玩具コーナーで偶然発見した隠密剣士のパッタ(めんこ)は、なんと50年(!)ぶりの再会に(笑)!
 建物の周囲には、古い民家をそのまま利用した食事処やカフェ、土産処棟もあり、繭玉を使ったクラフト体験や陶芸体験など、思い出づくりにも事欠かない。春は桜の名所でもある松ヶ岡。四季折々の景色に包まれ、ゆっくりと一日を過ごすのもいい場所だ。

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 「松ケ岡開墾記念館」の道を挟んだ反対側には、かつて開墾事業の本部として使われ、今なお生きた文化財として人々の交流拠点となっている国指定史跡「松ヶ岡本陣」もある。本陣内には松ヶ岡の歴史をはじめ、平和裏に戊辰戦争を終結した庄内藩の大恩人、西郷隆盛への敬慕を表し、その教えを収めた「南洲翁遺訓」の資料などが展示されている(南州は西郷隆盛の号名)。
 ここで庄内藩の歴史について少しふれておきたい。徳川四天王の一人と言われた酒井忠次を藩祖とする庄内藩は、会津藩と並ぶ佐幕派(幕府の補佐)の双璧と謳われ、幕末には革命を目指す薩摩藩の取締をする江戸市中取締役を勤めた。しかし1837(慶応3)年、反乱勢力を制圧するため行った薩摩屋敷の焼討ちが、戊辰戦争の火種となってしまう。
 新政府軍との戦いにおいて庄内藩は最新の武器に加え、藩士・民兵で組織された結束力の強い軍により、東北の雄藩が次々と敗戦するなか明治政府軍を圧倒。最後まで自らの領地内に敵の侵攻を許さなかった。会津藩の降伏で終結した戊辰戦争において、庄内藩は最後まで戦い抜き、勝利のまま降伏した藩である。
 戦後、庄内藩は新政府からの転封命令や賠償金請求についても、領民が転封撤回の嘆願活動を行い、藩への献金をもってこれを乗り越えた。西郷隆盛が口添えをした理由には諸説あるが、藩民一体のこの強い絆に新時代に不可欠な動力を見出したのかもしれない。ちなみに、このときの西郷隆盛への恩義が縁で現在、鶴岡市と鹿児島市は姉妹都市となっている。

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スタイルに遊ぶ海の貸切風呂。
秋の夜長の大人贅沢。

 いさごやに到着したのは夕暮れどき。日の短さに深まる秋を実感しながら、部屋で少し休んだ後、ラグジュアリーな風呂タイムを愉しむことに。
 「ハイプライベートスパ 漣」は、“プレミアムスパ・リビング”とでも言うべき、贅沢な造りの貸切風呂だ。ゆったりとした間取りには、海に面した湯船とリラクゼーションチェア、さらに音楽が楽しめるオーディオ機器やミニ冷蔵庫が設置され、ウイスキーやシャンパンなど、好みの酒が愉しめるようになっている。潮騒を残し闇へ落ちていく水平線を、JAZZYな音楽に身を任せながら、連れとゆったり眺める至福のひととき。
 夕食は秋の味覚に、季節を目でも愉しませる魯山人の写し器の妙技。調理人が目の前で焼き上げるアワビの踊り焼きに、“ひやおろし”のこっくりとした味わいもよく合う。そのまま特別純米、純米吟醸と盃を重ね、夜長の美酒に羽化登仙(笑)。
 晴れやかな朝。目の前に広がる清々しい空と海の景色を仰ぎ、少々ぼんやりした頭を奮い起こし(笑)、宿を出発。

94庄内オープン・鶴乃湯s★DSC01652.jpg53庄内オープン・二階楼の先s★DSC01447.jpg57庄内オープン・宿場町s★DSC01496.jpg55庄内オープン・宿場町s★DSC01462.jpg
61庄内オープン・山間集落s★DSC01536.jpg63庄内オープン・山間集落s★DSC02696.jpg62庄内オープン・山間集落s★DSC01514.jpg64庄内オープン・山間集落s★DSC02713.jpg67庄内オープン・山間集落水車小屋s★DSC02719.jpg
69庄内オープン・農村s★DSC02720.jpg75庄内オープン・農村s★DSC01646.jpg73庄内オープン・農村おしんs★DSC02726.jpg

広大な敷地に佇む7つの世界。
庄内オープンセットで時代巡り。

 いさごやから松ヶ岡方面へ再び約30分。次第に狭くなる山道の先に辿り着いた「スタジオセディック・庄内オープンセット」は、映画の撮影で実際に建てられた屋外セットをそのまま保存して一般公開している人気観光スポットだ。
 エントランス前には早速、映画「おくりびと」(2008年公開)にも登場した「鶴の湯」が移築され、内部が自由に見学できるようになっている。高まる期待に、まずは入場料(一般1,300円)を支払い、係員による施設の説明を受ける。南北約2キロ。東京ドーム約20個分もの広い園内は漁村や宿場町など、7つのエリアに分かれているらしい。移動には20分間隔で運行する周遊バス(乗車券500円)もあるようだが、今回は散歩がてら、のんびりと歩いて巡ることにした。
 見所のひとつ「宿場町エリア」は、「戦国時代エリア」の見張櫓を進んだ先に忽然と現れた。旅籠や商家などの建物が約200mに渡りズラリと並ぶ姿は、まさに時代感覚を失うリアルさ。遠くに見える月山を借景にしたセットは、近年では「十三人の刺客」(2010年公開)など多くの時代劇映画に登場し、見覚えがある!と思う佇まいがあちこちで楽しめる。
 北側の一番奥の高台に造られた「山間集落エリア」では鶴岡出身の小説家、藤沢周平原作の映画「蝉しぐれ」(2005年公開)で文四郎の家としても使われた民家をはじめ、水車小屋など昭和初期の山間部の暮らしが再現されている。日本中でここだけという、本格的な田園風景が広がる「農村エリア」は、今にも着物姿の童が飛び出してきそうな雰囲気だ(笑)。映画のため一年をかけて育て上げたという刈取り直前の棚田の奥には、映画「おしん」(2013年公開)で使われた茅葺きの民家が昔話のように佇んでいた。いずれのエリアの建物も、撮影用に内部まで丁寧に造りこまれ、周囲の景色と溶け合ったその本物感に驚く。

77庄内オープン・漁村s★DSC01594.jpg82庄内オープン・漁村商家s★DSC02746.jpg
83庄内オープン・漁村商家s★DSC01582.jpg84庄内オープン・漁村s★DSC01636.jpg85庄内オープン・漁村s★DSC02754.jpg87庄内オープン・風の館s★DSC01613.jpg
92庄内オープン・風の館s★DSC01632.jpg91庄内オープン・風の館s★DSC02769.jpg97田代食堂s★DSC02642.jpg100鶴岡夕暮れs★DSC01665.jpg

 かつて庄内浜で実際に使用されていたという船や漁具類を配した「漁村エリア」は、まるで海に続くかのような気配で造りこまれた集落。中でも園内最大級の建物だという商家屋敷は、中庭を囲む回り廊下をはじめ、広い座敷のある本格的な建物で「るろうに剣心 京都大火編」(2013年公開)や、わが故郷仙台藩の実話に基づく時代劇「殿、利息でござる!」(2016年公開)などの撮影に使用されている。一転、2013年から公開されている新しい「風のエリア」は南フランスがテーマ。キッチンに生活感を感じる食べかけの食材まで細かくスタイリングされた洋館は、ジブリの世界をそのまま実写化したようなファンタジックな雰囲気だった。
 県内屈指の豪雪地帯にあり、冬には数メートルもの雪で閉園となる「スタジオセディック・庄内オープンセット」は、国内に幾つかある同様の施設の中でも、庄内の厳しい自然をそのまま活かしたワイルドな環境が魅力だ。ちなみに園内に舗装された場所はない。雨が降ったら足元はそれなりのことになるので、見学の際にはご注意を(笑)。
 帰り道、ランチタイムぎりぎりに滑り込んだ「田代食堂」は、地元でも評判のラーメンの人気店。肩ロースと豚バラ肉のダブルチャーシューが楽しめる「中華そば」(700円)は鶏ガラ、豚骨、焼干をベースにしたスープが、無添加の手もみ麺とよく絡む懐かしい旨さだった。
 店の窓の外に見える白いソバの花。その花言葉は「喜びも悲しみも」。庄内の地で見るその姿に深い感慨を覚えるのは私だけだろうか。波乱の開墾の歴史からエンターテイメントの世界まで。この地を巡れば、なぜここが映画の聖地となっているかが腑に落ちる気がする。厳しい自然との共生に時を重ねてきた人々の情は、今もなおどこか土臭く懐かしい。それこそが生ける日本の原風景、壮大なノンフィクションなのだ。



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