10月梵字川・立谷沢川の秋を訪ねて


弘法大師ゆかりの名所を巡る
秋の梵字川渓谷巡り。

15月山ダム周辺和尚峠よりs★DSC04543.jpg

2018年10月某日
 記録的な暑さとなった2018年。とはいえ、猛暑の年は紅葉が当たり年という説もある。10月も半ばを過ぎ、ようやく冷え込んできた気温に期待をふくらませ、その真偽を確かめに行くことにした。向かうは以前も訪れた「道の駅 月山」(月山あさひ博物村)(詳細はこちらのブログを参照)の梵字川付近。この辺りは深い山並みが続く東北屈指の紅葉スポットだ。例年であれば、そろそろ見頃を迎える時期だ。

03梵字川渓谷米の粉の滝s★DSC04521.jpg01梵字川渓谷米の粉の滝s★DSC02734.jpg04梵字川渓谷なびら雪吊橋s★DSC04601.jpg
05梵字川渓谷なびら雪吊橋からs★DSC02749.jpg09梵字川渓谷ふれあい橋からs★DSC04625.jpg12梵字川渓谷亀の滝撮る夫婦s★DSC04663.jpg11梵字川渓谷ふれあい橋から亀の滝s★DSC04652.jpg
16月山ダム周辺和尚峠よりs★DSC04539.jpg17月山ダムあさひ月山湖大橋を望むs★DSC02743.jpg19月山ダム周辺アカクラ・アオクラs★DSC04568.jpg

 湯殿山I.Cから国道112号を北上してまもなく、まず立ち寄ったのは道の駅の手前にある「米の粉の滝ドライブイン」。駐車場に車を停め、渓谷にかかる対岸の落差約25mの直瀑「米の粉の滝」を鑑賞。“米の粉”という少々な風変わりな名前は、流れ落ちる水の姿が“米の粉”に似ていたことにちなむらしい。とはいえ、どちらかと言えばその姿は白糸といった風情だ。ここの見どころは何と言っても、頭上にそびえる自動車道の高架橋と周囲の山並みの異色の組み合わせだろう。
 そこから道の駅へと続く展望遊歩道沿いの途中には「なびら雪吊り橋」がある。冬期間、雪の荷重による枝折れを防ぐ“雪吊り”と同じ形をしたこの橋は、梵字川渓谷を真下に望む景勝地。目的の道の駅はその先にある「ワイン蔵」の横を通り抜け、道路を挟んだ向こう側にある。以前も訪れた「ふれあい橋」(詳しくはこちらのブログを参照)からは眼下に、亀の甲羅を清流が流れ落ちるような景色から名付けられたという三段曲流の「亀の滝」が望める。先の滝といい、先人の豊かな想像力にはほとほと感心してしまう(笑)。
 橋は鉄製の堅牢な造りながら、吊橋のため目眩を想わせる“揺れ“が楽しい。不規則なその振動に表情を強ばらせる連れを笑いながら眼下の紅葉にレンズを向ければ、暖冬のせいだろうか、残念ながらピークにはまだ至っていなかったようだ(見頃は10月下旬頃?)。
 そこから少し足を伸ばして「米の粉の滝ドライブイン」の向かいにある「猿子渡り橋」を南へと向かう。雄大な「あさひ月山湖」の車窓が楽しめる約30分のこのドライブコースには「あさひ月山湖大橋」や「和尚峠」をはじめ、月山湖随一の景勝地と呼ばれる「アカクラ・アオクラ」といった景勝地が続き、月山が誇る広大な広葉樹林帯の眺望が広がっている。ちなみに道は「弘法物見の岩」あたりまで。ここからは引き返すことになる。梵字川渓谷同様に、こちらの紅葉も残念ながら最高潮とはいかなかったものの、迫力ある絶景は、秋なら尚更見逃せない場所だろう。

23いさごやs★DSC02845.jpg25いさごや前夕日s★DSC02825.jpg27いさごや前夕日s★DSC04794.jpg26いさごや前夕日s★DSC04786.jpg
28いさごや夕食s★DSC02855.jpg31いさごや夕食s★DSC02894.jpg32いさごや夕食s★DSC02914.jpg33いさごや夕食s★DSC02924.jpg34いさごや夕食芋煮食比べs★DSC02949.jpg
35いさごや月水湯s★DSC04898.jpg36いさごや月水湯s★DSC04872.jpg37いさごや吟水湯s★DSC03113.jpg
38いさごや吟水湯s★DSC03045.jpg39いさごや吟水湯s★DSC04960.jpg40いさごや朝食s★DSC03004.jpg41いさごや朝食ぶどうぜりーs★DSC03013.jpg42いさごやs★DSC04975.jpg

名残の秋に想いを寄せる
湯宿の静けさと豊穣の彩り膳。

 少し寄り道をしたせいか、いさごやに到着したのは予定より遅い日暮れ時。なんとか夕陽の時刻には間に合った(!)。部屋に落ち着くまもなく早速、連れと落陽の白浜へ。目を馳せれば、唱歌のような茜色の海の向こうにうっすらと雪化粧した鳥海山の姿も見える。ぽとん、と音を立てて水平線に落ちる線香花火の灯火のような夕陽を見送った後、一気に垂れこめてきた冷たい夜気に、上着の襟をたて足早に宿へと戻る。嗚呼、もう冬が近いのだ。
 秋鮭、秋刀魚、ソイに寒鰤。庄内柿、山葡萄、あけび。海に山にあふれる庄内の秋の幸が迎える食膳は、その彩りもあしらいも迷い箸の嬉しさ(笑)。人気の客前焼きでは、プリプリとした鮑の香ばしい炭の香りに食指をそそられる。今宵の真打「庄内さわらの幽庵杉板焼」は舞茸と銀杏、松葉に紅葉が添えられた、今日の景色を思い起こさせる吹き寄せ風。中でも愉快だった「山形名物 芋煮汁食べ比べ」は、醤油ベースに牛肉と舞茸の入った“内陸風”と、白味噌ベースに豚と野菜の“庄内風”が楽しめる乙な趣向だ。宿のすすめでオーダーした酒処、大山(詳しくはこちらのブログを参照)の特別純米酒「十水 とみず」もキレのよい辛口で、今夜の料理によく合う。バイプレーヤー不在の料理の数々は、さすがのひと言だ。景色に人に、山海の幸に。満腹の腹を抱えて向かった「月水の湯」で、濃厚だった秋の豊かさをかみしめる。
 翌朝は「吟水湯」に一番乗りし、朝の独り占め風呂を堪能。すっかり定番となった酒田港のイカ刺しからデザートのぶどうゼリーまで、美味い朝食を得て今日の目的地「立谷沢川渓谷」についてフロントの方に伺えば「なかなかレアですねぇ。」の反応。その答えに何故か期待は益々そそられる(笑)。はやる心を土産に、予定通り宿を出発。

44立谷沢川瀬場砂防堰堤s★DSC04996.jpg45立谷沢川瀬場砂防堰堤s★DSC05013.jpg49立谷沢川南部山村広場辺りからs★DSC05121.jpg
52立谷沢川六渕砂防堰堤s★DSC05067.jpg50立谷沢川六渕砂防堰堤s★DSC05091.jpg53立谷沢川月の沢渓谷入口辺りs★DSC04977.jpg
55立谷沢川月の沢渓谷×s★DSC03210.jpg56立谷沢川辺り鶴巻池s★DSC03170.jpg60立谷沢川辺り鶴巻池s★DSC05052.jpg

自然と響きあう力強い造形美。
昭和の名建造物、砂防堰堤。

 いさごやから国道47号線を経由し、羽黒山脇を抜け突き当たった立谷沢川を南進すること約80分。向かったのは、流域に点在する「砂防堰堤」群のひとつ「瀬場砂防堰堤」。その姿を目にした途端、思わず感嘆がもれる。堤長193m、堤高6m。色づいた周囲の山並みを震わすような轟音をたてながら、3段の堰堤を凄まじい量の水が流れ落ちている。
 最上川水系の支流である「立谷沢川」は、100を超える月山の沢水を集めて流れる清流で、豊富な水量と恵まれた水質は環境省の「平成の名水百選」に選定されている。川のある地域は月山の噴火による火山砕屑物からなる地質で地盤がもろく、歴史的にたびたび地すべりを起こし、庄内平野の洪水氾濫の原因となってきたという。そのため、流域には大規模な砂防ダムが幾つも整備された。深い山間に忽然と現れる巨大人工物は周囲の山並みとのコントラストから、この辺りの観光スポットになっている。
 近くの河原沿いには、キャンプや芋煮会等のアウトドアが楽しめる「南部山村広場」もあり、ここからは、遠くに月山の姿を望みながら大スケールの堰堤の滝と立谷沢川が織り成す、開放感あふれるダイナミックが景色が楽しめる。
 そこから車で数分。続いて訪れた「六渕砂防堰堤」は堤長157m、堤高は先の堰堤を上回る15mの堂々たる佇まい。近年、こういった巨大建造物を巡るマニアが増えていると聞くが、その迫力を目の当たりにすればなるほど、合点がいく。立谷沢川の中流域に昭和20年代に施工されたこの両堰堤は、機能と造形美を併せ持つ建造物として国の有形文化財にも指定されている。周囲には、“あばれ川”として恐れられてきた立谷沢川の災害を鎮める龍神信仰の供養塔も数多く残され、地域の歴史を物語っている。ちなみに、この堰堤の先には紅葉の名所の「月の沢渓谷」もあるが、訪れた際はちょうど工事のため立ち入り禁止のようだ(掲載写真は過去のもの)。
 程近くには月山登山や山スキーの拠点として利用される公共の温泉宿「月の沢温泉北月山荘」もあり、地元の主婦たちが運営する食事処「やまぶどう」でいただける季節折々の山の幸はなかなか評判らしい。そこから山道を15分程登ったキャンプ場の一角には、神秘的なロケーションから映画の撮影地にもなった「鶴巻池」が静かな水鏡をたたえていた。
 池は一周約30分程度と、散策にも手頃だ。水面に張り出したウッドデッキが絵になる美しい佇まいは、海外のリゾートを思わせる異次元空間だ(笑)。ここは、緑の息吹に包まれる春も美しい場所だろう(今年の紅葉の見ごろは10月末頃)。

63いろはsDSC04059.jpg61いろはsDSC04049.jpg64大山上池s★DSC03219.jpg
65大山上池s★DSC05209.jpg68大山上池s★DSC05225.jpg67大山上池s★DSC05202.jpg71大山下池s★DSC04697.jpg
69大山下池s★DSC02787.jpg70大山下池s★DSC04715.jpg72大山公園展望台s★DSC04755.jpg

飛来する渡り鳥たちの聖域に
美しき冬の使者を訪ねて。

 山をあとに昼時の腹ごしらえに向かったのは、大山街道沿いにある「いろは食堂」。地元はもとより、ラーメン好きでこの店を知らない者はいないだろう。地域に根付いた店とあって、平日ながらもさすがの盛況ぶり。週末はこの混雑が店の外まで続くらしい。運良くほぼ並ばずに席を確保し早速、名物の中華そば(630円)を注文。魚介の優しくあっさりとした風味のスープにちぢれ細麺のシンプルで飽きのこない味わいはほっとする旨さだ。店にはこの他にも評判の野菜中華(750円)や蕎麦、麦きり(庄内地方に伝わる細打うどん)等もあるが、地元ファンも多いこの味をぜひ一度はご賞味いただきたい(笑)。
 そこから最後の目的地大山の「上池」と「下池」までは車で5分程だ。江戸時代、治山治水の水害対策と農業用貯水池として築造された2つの池は現在もその役割を果たし、安らかな水辺の景観は夏にはハスの名所として人々の目を楽しませている(写真は夏の上池)。冬には渡り鳥の飛来地としても知られ、2008(平成20)年には周囲の湿地を含めこの辺り一帯が「ラムサール条約」に登録されている。
 ちなみに、池から湯野浜までは車で10分程と至近。再びここに戻ってきた理由は初冬を告げる使者、ハクチョウの姿を楽しむためだ。情報によれば、彼らが池に戻ってくるのは夕方頃。くれないに染まり始めた空を仰ぎ、凍える手をこすりながら今か今かと「上池」でその時を待ち構える。
 やがて一羽、二羽。そしてそれを皮切りに、続々とハクチョウたちが現れた。五色に染められた山並みを背景にふわりと水面に降り立つその姿は心洗われる清廉さだ(今年の紅葉の見頃は11月初旬頃)。その姿に見惚れ、さらなるスケールで鑑賞しようと「上池」からひとまわり大きい隣の「下池」へ。周囲を散策できる遊歩道も整備された「下池」にはコハクチョウやガン、カモ類など200種にも及ぶ池の野鳥たちを観察できる観察小屋「おうら愛鳥館」も設置されている。辺りをくまなく探してはみたものの、あいにく今日の「下池」にハクチョウの姿は不在(残念!)。とはいえ夕映えの黄金色に包まれ、鳥たちが水面にたてる小波がキラキラと輝く光景は、うっとりとする美しさだ。その姿をしばし眺め、そのまま高台の「大山公園」へと向かい、この旅2度目の夕陽を見送る。眼下に広がる人家にあらためて、こんなにも人の暮らしのそばに豊かな環境を持つ自然があることに驚きつつ、今では希少となってしまった鳥たちのサンクチュアリを思う。
 暖冬も手伝い最高潮の彩りには少し早い紅葉狩りとなったが、それでも山々が見せてくれた景色は、胸に染み渡る一期一会の錦絵だった。晩秋の陽射しは、どの季節にもない静けさと儚さに充ち、思い出の名残のようなノスタルジーがある。時を封じ込めるその叙情は、秋という季節がくれるもうひとつの“時への旅”かもしれない。


各施設の詳細と地図はこちら

posted by 庄内あるく at 16:14日記

6月 羽黒三山の禁忌の神域、湯殿山参詣


“語るなかれ、聞くなかれ” 
口外禁止の秘境、湯殿山を訪ねて。
01②湯殿山出発☆DSC09987s.jpg

2018年6月某日
 東北屈指の霊場、出羽三山の中でも特に秘中の秘として、別格扱いで崇敬されてきた神域がある。湯殿山だ。
 標高1,504m。月山の南西、出羽三山の奥宮として知られる湯殿山は、古く山自体が神の御座として、人工的な信仰の場を設けることを禁じられてきた。そのため湯殿山神社には本殿、拝殿が存在せず、その御神体は古来から“語るなかれ、聞くなかれ”と戒められてきた。かつて“奥の細道”でこの地を訪れた松尾芭蕉も「語られぬ湯殿にぬらす袂かな 」と、詠むのみにとどめている。このご時世、未だそんな場所があることにそそられない旅人はいないだろう(笑)。

02①湯殿山到着☆DSC01274s.jpg03④湯殿山鳥居☆DSC01444s.jpg08⑪湯殿山参篭所☆DSC01493s.jpg
06⑧湯殿山仙人沢空海像☆DSC01461s.jpg07⑨湯殿山仙人沢ミイラフェイク☆DSC01465s.jpg04⑤湯殿山仙人沢玉垣供養碑☆DSC09953s.jpg

 湯殿山へは山形方面から山形自動車道で月山IC、112号線経由で約30分。そこから有料道路(400円)を終点まで登ること約15分。参詣の起点となる大鳥居がそびえる仙人沢駐車場(無料)に到着。自家用車はここまでだ。この先、御神体のある本宮までは専用の参拝バス(往復300円・片道200円)または、徒歩で参道をさらに1km程登る。
 仙人沢駐車場には宿泊もできる参籠所や売店、レストハウスが立ち並び、一角には空海上人の「行人塚」をはじめ、以前「大日坊」(詳しくはこちらのブログを参照)で参拝した、即身仏の“模擬像”も覆屋に奉納されている。
 資料によれば、本宮は梵字川の流れのほとりに鎮座し、御滝から神橋に至る川の激流沿いに13の末社が祀られているらしい。“御沢駈け(おさわがけ)”と呼ばれるこの登拝修行は道のりが危険なため現在、一般の立ち入りは禁止されている。その代わり、バス通りでもある参道にも遥拝所(石祠)が幾つかあり参拝できるようだ。梅雨の晴れ間も手伝い、連れと相談のうえ、ここは巡拝をしながら本宮入口まで徒歩で向かうことにした。

35㊹湯殿山本宮参拝バス参考☆DSC01306s.jpg12㊻湯殿山帰り雪渓☆DSC01322s.jpg13⑭湯殿山途中☆DSC01432s.jpg14⑯湯殿山途中朱橋☆DSC01427s.jpg
15日⑱湯殿山途中朱橋より☆DSC09937s.jpg18㉓湯殿山途中滝☆DSC01392s.jpg24㉛湯殿山途中小社☆DSC09891s.jpg
29㊱湯殿山途中樹花☆DSC01330s.jpg26㉝湯殿山途中小社☆DSC01338s.jpg25㉜湯殿山途中小社☆DSC01347s.jpg27㉞湯殿山途中小社☆DSC01342s.jpg
30㊲湯殿山本宮入口☆DSC09875s.jpg33㊶湯殿山本宮入口☆DSC01288s.jpg湯殿山三社御朱印 s.jpg

 季節柄、沿道は新緑と残雪の清々しい景色だ。時折現れる石祠の背後には、神仏が祀られた小高い峰が鮮やかな翠をたたえている。
 歩き始めて約15分、渓谷に架かる朱塗りの「御沢橋」が見えてくる。欄干のたもとには、参拝者の安全を守護する常世岐姫神(とこよくなどひめのかみ)の石祠もある。近くには大沢神社の祠も見え、傍らには赤褐色の山肌を流れ落ちる小滝が涼しげな音色を奏でていた。
 夏を告げるタニウツギの花が目を引く道中では、赤い頭巾をまとった「姥権現」や、丹生都日女神(にぶつひめのかみ)を祀る「丹生水上神社」に参拝。ちなみに、この場所から湧き出る“丹生鉱泉”は、かつてこの地にあった岩清水小屋で風呂や山菜を用いた食事として提供されていたという。現在、鉱泉は開山1400年の2005(平成17)年を機に、仙人沢参籠所内で“御神湯”として人々に親しまれている。
 仙人沢から歩くこと約25分。参拝バスの終点である本宮入口に到着。ここから本宮へと続く参道は他言無用、さらに写真撮影も一切禁止の神域だ。由緒ある湯殿山の習俗にならい、今回はレポートや写真もご容赦願いたい。氏子によれば「みだりに語ったり聞いたりするとその後、良くないことが…」とのこと。とはいえ本宮では、国内ではおそらくここだけであろう希少な体験に出会える!気になる方はぜひ、自身の目で確かめていただきたい(御朱印は公開!)。

39いさごや☆DSC09536s.jpg41いさごや客室☆DSC09487s.jpg42いさごや☆DSC09676s.jpg
43いさごや☆DSC09691s.jpg45いさごや夕食七夕前菜☆DSC09554s.jpg46いさごや夕食スズキ☆DSC09567s.jpg
47いさごや夕食鮑・月山竹☆DSC09586s.jpg48いさごや夕食☆DSC09627s.jpg50いさごや朝風呂☆DSC01192s.jpg52いさごや朝食☆DSC09659s.jpg

水無月に愉しむ七夕膳。
蒼い海原が迎える常宿の初夏。

 そこから車を1時間程走らせ、いさごやに到着したのは中庭に明かりが灯る時分。穏やかな潮騒に包まれ、夜の賑わいを待つ宿の静けさが興奮ぎみの記憶をそっと鎮めてくれる。
 部屋で少し休んだ後、向かった大浴場「吟水湯」は、オレンジの光彩が湯面に煌く夕映え劇場。絵画のようなその景色に浸り、刻々と闇に溶け落ちてゆく水平線に目を遊ばせる。
 季節の先取りを粋とする日本人。その心は料理にも顕れる。6月のいさごやの夕膳は七夕の趣だ。供された魚は旬の“庄内スズキ”を使った「鱸塩焼の雲丹サバイヨンソースかけ」。この時期のスズキは餌となるアジが陸に近い場所を回遊するため、身に適度な脂がのる。その味わいは箸でホロリと崩れる身の柔らかさと、口中にジワリと広がる上品な旨みで愉しめる。焼物は「活の踊り焼に月山筍」と陶板焼の「山形牛石焼ステーキ」。瑞々しさから香ばしさへ。料理人が目の前で頃合いをはかる所作もまた、料理宿ならではの醍醐味だろう。
 6月の別名は“水無月”。字に反し“水の月”という意味だ。朝一番の風呂から望む、漫々と水をたたえた蒼い海と空は、いつになく感慨深い豊かさだ。暑くなりそうね、と朝から食欲旺盛の連れ(笑)と歓談を愉しみ、すこやかな朝食に元気を得て宿を出発。

55チンクエチェント博物館☆DSC09471s.jpg57チンクエチェント博物館☆DSC09465s.jpg69チンクエチェント博物館☆DSC01062s.jpg
58チンクエチェント博物館トランザム☆DSC09450s.jpg59チンクエチェント博物館☆DSC09420s.jpg60チンクエチェント博物館☆DSC01018s.jpg
62チンクエチェント博物館☆DSC01024s.jpg63チンクエチェント博物館☆DSC01026s.jpg65チンクエチェント博物館☆DSC01046s.jpg67チンクエチェント博物館☆DSC01049s.jpg

車好きなら一度は訪れたい、
チンクエチェント博物館。

 向かったのは、アニメ「ルパン三世」でルパンの愛車としてもお馴染みのフィアットの「チンクエチェント博物館」。排気量500ccの小粋なイタリアンスモールカーとして知られるこの名車の博物館が、ここ鶴岡にあることは実はあまり知られていない。
 施設はいさごやから約20分。国道7号線沿いの“ロッソ カーズ”という外車ディーラーが運営する店内に併設している(店頭にはチンクの中古車もズラリ!)伺えば、ここは平成26(2014)年、震災復興の一環として愛知県から東北のこの地に移転したものらしい。
 国内の耐久レースにもエントリーしている店には、車好きにはたまらないレースカーやドレスアップカーの姿もある。はやる気持ちでスタッフに声を掛け、入場料(大人一人500円)を支払い、早速パーテーョンで仕切られた店の奥にある博物館へ。
 黒のトランザム(!)が入口で迎える施設内には、チンクエチェントの前身となったトッポリーノをはじめ、最初期モデルの479cc(13馬力)のNuova500、昭和33(1958)年に米国に輸出されたUSA、さらには富裕層のビーチカーとして特注されたGHIA JOLLY(シーサイド仕様の籐製シートという珍品!)まで、フィアット 500の歴史を語る希少なモデルが展示されていた。中には平成17(2005)年の日本国際博覧会「愛・地球博」で、イタリア館に展示されていたホワイトチョコレートでコーティング(!)されたフィアット500の姿もある。
 イタリアを代表する大衆車として1957年に誕生したチンクは、生産が終了して50年以上たった今も、現役のクルマとしてシンプルなその機能と美しいフォルムが愛されている。一角にはイタリアのカーグッズなどを販売するコーナーや、ミニカーのレアなコレクション(非売品)スペースもあり見応えがある(2000GT…あった!)。まさに車好き、ルパン好きには素通りできない“ピットイン”施設だ(笑)!

72文下のケヤキ近駐車場☆DSC01215s.jpg70文下のケヤキ☆DSC01199s.jpg71文下のケヤキ☆DSC09780s.jpg
73多福院☆DSC01234s.jpg74多福院☆DSC01238s.jpg76多福院大イチョウ☆DSC09807s.jpg

樹齢900年の大樹の威風。
景色に味わいに宿る祈りの美。

 そこから車で約10分、鶴岡市を南北に貫く赤川沿いの“文下(ほうだし)”と呼ばれる集落区には、国の天然記念物の「文下のケヤキ」がある。八坂神社の神木として守られてきたこの巨木は樹高約28m。推定樹齢800~900年ながら、若枝を伸ばす樹勢は旺盛で威厳に満ち、その巨大さは近づくとさらに迫力を増してくる。ちなみに、木の周囲には目立った看板もなく道も入り組んでいるため、ここへ辿り着くのは少々難儀(笑)。訪れる際は駐車場の確保も兼ね、まずは地区の集会所を目指し、詳しい道のりは地元に方に聞くと早い。また敷地は個人宅のため、見学は来意を告げ許可を得ていただきたい。
 帰りがてら、少し足を延ばして訪れた三川町の「多福院」でも樹齢450年の「大イチョウ」と対面。こちらも樹高約28m、幹回り約5.1m。落雷によってできたらしい幹の裂け目が風格をたたえるその姿は、秋の紅葉の美しさを彷彿とさせてくれる。

81知憩軒通路☆DSC01261s.jpg82知憩軒梅☆DSC01259s.jpg84知憩軒玄関☆DSC01247s.jpg87知憩軒☆DSC09811s.jpg
85知憩軒☆DSC09848s.jpg88知憩軒定食☆DSC09814s.jpg89知憩軒定食☆DSC09833s.jpg90知憩軒定食☆DSC09828s.jpg
77食彩あぐりDSC09864s.jpg78食彩あぐり☆DSC09860s.jpg79食彩あぐり詰め放題☆DSC01263s.jpg80食彩あぐりスイカサイダー☆DSC01268s.jpg

 今回、連れの希望で昼食に訪れた旧櫛引地区(「黒川能」でも来訪/詳細はこちらのブログを参照)の「知憩軒」は、鶴岡の農家レストランの先駆け的存在。駐車場から青梅が実る庭を抜けた先にひっそりと建つ店は、周囲の景色に似合う慎ましい古民家だ。
 気になる昼食のメニューは1種類のみ(1,080円)。“一汁三菜”をベースに自家栽培の野菜や米、庄内産の食材にこだわった素朴で伝統的な家庭料理は、どれも素材の力に癒される薄味で、店の信条でもあるふるさとのすこやかさに充ちている。程近い場所には、地元で穫れる農産物や加工品を扱う産直市場「食彩あぐり」もあり、帰りがてらの土産探しにもおすすめだ(連れはお買い得な“干し椎茸”の袋詰めに嬉々…笑!)。思えば庄内は、特色ある在来作物の豊富さでも知られている。見て食べて、そして感じることで心身をいたわる暮らしの滋味は、この土地ならではの“食と祈り”の関係へと想いをいざなう。
 神仏習合であった時代、湯殿山は今にも増して現在・過去・未来の三世を超越した大日如来が住まう神域だった。それゆえに修験者は、食を断つ即身仏(詳しくはこちらのブログを参照)の荒行で、俗世と切り離された神々の仙境を目指した。その祈りは豊穣の大地を擁する今の庄内からは想像もできない世界だ。しかし、紛れもないひとつの時間軸で繋がった、この地に流れた歴史でもある。
 そんな深い思索の旅へといざなう現代の秘境、湯殿山を参詣できるのは、例年開山期間中の6月1日から11月上旬まで。変化と再生(よみがえり)を果たすとされるミステリアスなこのパワースポットで、あなたはどんな自分に出合えるだろうか。


各施設の詳細と地図はこちら

posted by 庄内あるく at 12:42日記

2月 鶴岡冬まつり、ライトアップと鶴岡公園

あの名曲を生んだ、
雪の降るまち、鶴岡。
03大寶館s★DSC05666.jpg06致道博物館s★DSC05721.jpg

2018年2月某日
 冬の愛唱歌「雪の降るまちを」をご存じの方も多いことだろう。しかし、半世紀以上に渡り人々に歌い継がれているこの曲の発想地が、実は鶴岡であることを知る人は少ないかもしれない。
 名曲「雪の降るまちを」は、作曲家の中田喜直が鶴岡で過ごした雪の一夜に曲想のイメージを得て、内村直也に作詞を依頼して生まれたという。鶴岡ではこれにちなみ、毎年行われる「鶴岡音楽祭」(2月上旬)のフィナーレ曲として今も親しまれている。
 市内では12月から3月にかけ「鶴岡冬まつり」と称し、「日本海鱈まつり」(1月下旬)を皮切りに「大山新酒・酒蔵まつり」(2月中旬)、「金峯山雪灯篭祭」(2月下旬)など各地でイベントが開催される。一方、羽黒山の「松例祭」(12月31日~元旦)や黒川能の「王祇祭 (おうぎさい)」(2月1日)、「蝋燭能」(2月第4土曜日)といった伝統神事もシーズンを迎え、訪れる愉しみに満ちている。

01大寶館前通りよりs★DSC05738.jpg06大寶館s★DSC05697.jpg
08致道博物館s★DSC05677.jpg05大寶館s★DSC05755.jpg02鶴岡街路s★DSC05678.jpg

 12月下旬から2月下旬にかけては「鶴岡公園」にある明治・大正時代の洋風建築「旧西田川郡役所」と「大寶館( たいほうかん)」の幻想的なライトアップも行われていると知り早速、現地へ。
 豪雪の月山越えを覚悟して出掛けた山形自動車道、112号線は除雪も行き届き、肩透かしな程に順調(笑)。目指す「鶴岡公園」には、予定より早めの到着となった!ちなみに公園周辺は、大学キャンパスも隣接しているせいか無料駐車場も充実している。
 16時半に始まるライトアップまで、周囲をしばしリサーチしてみる。「旧西田川郡役所」は「致道博物館」の敷地内にあった。そこから「大寶館」までは歩いて5分程度だろうか。2つの建物は公園内を横断して走る県道47号線沿いに位置している。
 日没とともにぐっと寒さを増し、またちらつき始めた雪に舞台の演出は最高潮!紫から蒼へと深まる闇に、夢のようにぼうっと浮かび上がる建物は、どこをとっても絵になる。人影もまばらな静けさの中、街路樹の梢や屋根瓦に降り積もる細かな雪が浮き彫りにしていくディティールは、ガラス細工のような繊細な美しさだった。

12いさごやs★DSC05802.jpg11いさごやs★DSC05798.jpg15いさごやs★DSC05763.jpg16いさごや夕食s★DSC05739.jpg
17いさごや夕食s★DSC05774.jpg18いさごや夕食s★DSC05832.jpg19いさごや夕食s★DSC05853.jpg20いさごや夕食s★DSC05872.jpg21いさごや夕食s★DSC05887.jpg
22いさごや朝客室眺望s★DSC05791.jpg24いさごや滝見檜風呂s★DSC05838.jpg26いさごや朝食s★DSC05945.jpg25いさごや朝食s★DSC05933.jpg

春待ちの宿がもてなす、
雛あしらいの妙。

 鶴岡公園から湯野浜温泉までは約30分。いさごやに着いたのは夜の帳もすっかり降りた頃。宿には少し遅い到着になる旨は、あらかじめ申し伝えておいた。
 ラウンジの一角には季節柄、“立ち雛”や“次郎左衛門雛”といった、宿が所蔵する貴重な時代雛が展示されている。「そういえば鶴岡には、沢山残っているのよね」と連れ。
 部屋に荷物を下ろし着替えて向かった夕食の前菜も、この季節は雛祭りのあしらいだ。啓翁桜が添えられた愛らしい内裏雛の珍味入に目を細め、まずは白酒で乾杯!今夜の焼物は庄内に春を告げる「桜鱒の木の芽焼」。客前料理の「焼ずわい蟹」は、贅沢に甲羅の蟹味噌(!)をたっぷりつけて。その名のとおり、雪に見立てたフワフワの“綿菓子”がトッピングされた「雪鍋 山形牛のすき焼」は、鍋の上から割り下をじゅっ、とかけていただく愉しい趣向。周囲に広がる甘辛い香りと、雪の下から顔を覗かせる山形牛のツヤツヤとした脂身も食指をそそる。締めの飯物は、ちらし寿司に蛤の潮汁。まさに想い出のメモリーもお腹一杯になる、いさごやらしい演出だった(笑)。
 翌朝の日本海は予想に反し、穏やかな春隣の装い(笑)。とはいえ沖を吹く風は強いのか、霞の向こうにぼんやりと風力発電の巨大な風車の姿も見える。
 湯煙に溶ける朝陽の美しさを「月水湯」で堪能して向かった朝食は腹にすとん、と落ちる滋味揃い。陶板で焼き上げるハタハタの醤油漬も、卓上で仕上げるアツアツのめかぶの味噌汁も、体をほっと包み込む身土不二の美味だった。

27鶴岡公園s★DSC05661.jpg29鶴岡公園s★DSC05655.jpg30鶴岡公園雪の降る街を碑s★DSC06068.jpg48鶴岡護国神社s★DSC05954.jpg
37庄内神社s★DSC05631.jpg39庄内神社宝物殿s★DSC05638.jpg42庄内神社宝物殿s★DSC05604.jpg43庄内神社宝物殿s★DSC05618.jpg
44庄内神社冬限定御朱印s.jpg35庄内神社s★DSC05930.jpg46藤沢周平記念館前通と山s★DSC05964.jpg70木村屋s★DSC06096.jpg74木村屋おひな菓子s★DSC06135.jpg

酒井家250年の
歴史が息づく、鶴岡公園。

 宿を後に再び「鶴岡公園」へと向かい、膝まですっぽりと埋まる雪で覆われた園内を散策。市の中心部に位置するここは、庄内藩酒井家が約250年来居城とした鶴ヶ岡城址で、敷地内には堀や石垣、樹齢数百年の老杉がかつての威風を伝えている。
 誰の気遣いだろうか。寒空の下、独り佇む酒井調良(さかい ちょうりょう/庄内柿開発の功労者)の胸像もこの季節はユニークな白頭巾のいで立ちだ(笑)。園内北側には名曲「雪の降るまちを」の発想の地を記念したガラス製のモニュメントが、巨大な雪の結晶のように凛と佇んでいた。
 敷地の中央、かつての本丸跡にある「庄内神社」は初代、酒井忠次を筆頭に、4人の藩主を追慕し明治10(1877)年に創建された社だ。ここでは冬季だけのレアな御朱印がいただけるらしい。社務所に申し出、出来上がりを待つ間、宮司の方に促されしばし社殿の中を見学させていただくことに。
 美しい天井絵が印象的な拝殿の隅には、ここにもまた雛人形が飾られている。伺えば、ちょうど3月1日から市内各所で鶴岡の旧家に伝わる時代雛を展示する「鶴岡雛物語」が始まるという。「宜しければ当社の宝物殿でも、ひと足早くご覧いただけますよ」と案内され、そのまま隣り合う宝物殿へ(大人1人200円)。
 巨大な雛壇が目を引く堂内には、豪華な衣装をまとった江戸中期の“享保雛”をはじめ、“古今雛”や“芥子雛(けしびな)”といった典雅な時代雛がズラリと並んでいる。向かって左に女雛、右に男雛という左右逆の飾り方は、北前船の影響を受けた関西式だ。お内裏様の背後に“立ち雛”を飾るのは、この地ならではの様式とのこと。
 ちなみに昔話の主人公や七福神などを模した素朴な“瓦人形”も、ここでの見どころのひとつ。かつてこの地の屋根瓦職人が冬に作っていたというこの土人形は、当時、高価だった京雛に代わり、庶民が愛でる郷土雛として愛されたという。 
 神社のすぐ周囲には藤沢周平記念館や護国神社、昨夜ライトアップに訪れた「大寶館」(郷土人物資料館)もある。興味のある方は、ゆっくりと見てまわるのもいいだろう。
 ちなみに通常、雛菓子と言えばあられや干菓子が一般的だ。しかし、京都と江戸の文化を取り入れ独自に発展してきた鶴岡ではこの季節、“おひな菓子”と称し、桃や鯛、地場の伝統野菜などの縁起物をかたどった彩り鮮やかな上生菓子の和菓子膳を供える伝統が今も受け継がれている。土産探しがてら、連れの希望で向かった瀟洒な外観の「木村屋 本店」も、それを扱う老舗のひとつ。店内に並ぶ銘菓に迷いながら、急遽、私たちも春らしい生菓子とお茶で“にわか雛茶会”(笑)。ちいさな和菓子ひとつにも、鶴岡の歴史と文化は息づいている。

50鶴岡カトリック教会s★DSC06080.jpg53鶴岡カトリック教会s★DSC06076.jpg
62鶴岡カトリック教会s★DSC06026.jpg56鶴岡カトリック教会黒いマリアs★DSC06087.jpg58鶴岡カトリック教会黒いマリアs★DSC05982.jpg63鶴岡カトリック教会ステンドグラスs★DSC06009.jpg
60鶴岡カトリック教会パイプオルガンs★DSC06055.jpg59鶴岡カトリック教会s★DSC06005.jpg65鶴岡カトリック教会s★DSC06028ステンド並び.jpg

黒いマリアが微笑む祈りの聖堂、
鶴岡カトリック教会。

 最後に訪ねた「鶴岡カトリック教会 天主堂」は、赤い塔屋がひときわ目を引く白亜の聖堂。1903(明治36)年に建てられたロマネスク様式の木造の建物は、この様式では東北最古のもの。その希少性から国の重要文化財にも指定されている。聖堂の建つ敷地はかつての庄内藩家老の屋敷跡で、入口には当時の武家屋敷の面影を残す門が今なお現存し、和洋混在の不思議な存在感を放っている。
 “ご自由にお入りください”と書かれた案内に導かれ、恐る恐る堂内へ。内部は高い天井に、何本もの柱が立ち並ぶバジリカ型と呼ばれる神々しい造り。今なお現役の祈りの場として使用されているためか隅々まで美しく手入れされ、畳敷きの床をはじめ、艶を増した木肌など、神聖な佇まいの中にもどこか心地よい温かみがある。
 ここを訪れた目的はこの意匠もさることながら、国内で唯一という世界でも珍しい「黒いマリア像」にもある。像は向かって左側にある副祭壇にひっそりと安置されていた。
 聖母の肌がなぜ褐色なのかは、はっきりとは分からないらしい。一説によれば、マリアの顔が熟した小麦色のようであったという旧約聖書の解釈や、大航海時代、原住民への布教のために造られたという説もある。いずれにせよ謎を秘め、幼な子を抱く聖母の穏やかな微笑みは、どこか神秘的だ。ちなみに堂内を飾る窓は、透明な紙に描かれた聖画を2枚のガラスで挟んだ“窓絵”と呼ばれる独特の技法で、これもまた国内でここだけの意匠だという。
 聖堂は朝7時から夕方6時頃まで開放され、いつでも自由に見学できる。しかし、ミサ等が行われている場合は静かに見学するか、時間を少しずらすなどの配慮をして欲しいとのこと。同じ敷地内には幼稚園も併設されている。訪れる際はくれぐれも、人々の静かな祈りの日常を壊さない節度を持った行動をお願いしたい。

76緑のイスキアs★DSC05913.jpg77緑のイスキアs★DSC06036.jpg78緑のイスキアs★DSC06050.jpg40庄内神社宝物殿s★DSC05623.jpg
31鶴岡公園雪の降る街碑s★DSC05936.jpg07大寶館s★DSC05717ち.jpg55鶴岡カトリック教会s★DSC05998.jpg80鶴岡公園s★DSC05681.jpg

 帰り道に立ち寄った「穂波街道 緑のイスキア」は、田園地帯にぽつんと建つイタリア料理の人気店。ナポリのイスキア島で修行し、本場の大会で日本代表として銀メダルを受賞した実績を持つオーナーが作るピッツァは、東北で初めて“真のナポリピッツァ協会”に認定された本格派だ。店は“種を蒔くことから始まるレストラン”をコンセプトに、敷地内にある農園で栽培した新鮮野菜を使った家庭的で本格的な南イタリア料理を提供している。客席からも見えるナポリ製の薪窯で一気に焼き上げるピッツァは、周囲に広がる香りごとご馳走の絶品。私たちがオーダーした「マルゲリータ」(1,580円)と、三日月形の包み焼きピッツァ「平田牧場金華豚の特製サルシッチャのせ」(1,580円/季節限定)も、カリッと香ばしい表面とモチモチの歯応え、たっぷりのチーズがたまらない美味さだった。
 “イスキア”は生きる意欲を失った青年が美しい自然に癒やされ、自分を取り戻したと伝わるキリスト教ゆかりの島だ。思えば名曲「雪の降るまちを」の歌の最後は、“新しき光ふる 鐘の音”という、天主堂を思わせるフレーズで終わる。子供たちの健やかな成長を願うおひな菓子や、花のように梢に降り積もる清浄な雪、そしてその白い世界に映える黒いマリアと聖堂。この季節、鶴岡で出合うすべての景色は春へ捧げる人々の祈りそのものに思える。そんな想いを胸に、ふと口ずさんだ「雪の降るまちを」のメロディが、なにやらもう賛美歌のように聞こえてくるのは私だけだろうか(笑)。


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posted by 庄内あるく at 17:16日記

11月 微笑みの円空仏と田麦俣、湯殿山即身仏

語りかける慈愛の微笑み。
県内で唯一の、円空仏。

01見政寺★DSC04306s.jpg05見政寺円空像★DSC02527s.jpg06見政寺円空像★DSC02511s.jpg

2017年11月某日
 「そういえば、山形にも“円空仏”があるみたい」連れの話に興味を引かれて聞けば、ずいぶん前にNHKの番組で観たのだという。“円空仏”は江戸初期の遊行僧、円空が制作した仏像だ。プロの仏師と異なり、己の信仰の表現として各地で仏像をひたすら制作した円空は“造仏聖”の名でも人々に敬愛されている。素朴ながらも個性あふれる円空仏は現在、国内に約5,300体が確認されている。そのほとんどは出生地の美濃国(現:岐阜県)周辺にあるが、東北や北海道の一部でも発見され、山形県内にも一体あるらしい。

02見政寺★DSC04300s.jpg03見政寺★DSC02535s.jpg
04見政寺★DSC04269s.jpg07見政寺円空像★DSC02505s.jpg08見政寺★DSC02518s.jpg09見政寺★DSC04294s.jpg

 向かったのは庄内町の北部、閑静な狩川地区にある「見政寺」。寺は住宅の間の少し分かりにくい細い参道を進んだ先にひっそりとあった(ナビを推奨!)。
 仏像の拝観は予約が必要だ。「お電話していた者ですが」と寺務所を訪ねると、出迎えたご高齢のご住職がにこやかに本堂へと案内してくださった。まずはご本尊の釈迦牟尼仏に一拝。噂の円空仏は隣り合う須弥壇の、小さな厨子の中にすっぽりと納まっていた。
 愛らしい。その第一印象だ。手を合わせるのを忘れ、その尊顔に見とれてしまう。高さは30㎝ちょっとだろうか。木の筋目をシワに見立てた法衣の上に、ちょこんと童子のようなお顔が彫り込んである。何より目を引くのは、穏やかな微笑みを湛えたその表情だ。
 ご住職に促され、お茶をいただきながらそのまま像の数奇な物語に耳を傾ける。正式名称は木造観音菩薩立像。伝承によれば昔、羽黒山荒沢寺から当寺に辿り着いたひとりの遊行僧が、住職のもてなしへの礼として、この像を授けたのだという。のちにそれが、円空仏ではないかとの指摘から調査され、専門家による検証の結果、正式に認められた。修行僧がなぜ、この仏像を持っていたのかは分からない。しかし晩年に円空自らが即身仏となったことからも、当時、日本中に名を馳せていた湯殿山の即身仏の行を円空が見に訪れたのではないか、という説もあるようだ。
 ちなみに寺では当初は聖徳太子が彫刻した観世音菩薩として、この像を本尊の脇に安置していた。やがて明治の廃仏毀釈を逃れるため像は別寺に匿われ、時代を経てまた当寺に戻された。たまたま不妊に悩む夫婦がこの像を拝し3人の子宝に恵まれたことから、以後、命を支える仏像として、出産する妊婦がこの像を握り締め元気な子を産んだのだという。その名残は、ツルツルに磨かれた像の表面からも見て取れる。
 庶民を愛し愛された御仏が創りだす温かな空間と、穏やかなご住職夫妻のお人柄にも癒され、ほっこりした気持ちで寺を後にする。こじんまりとした寺の前庭には、先代が“円空仏”を模して造らせたという石像が、穏やかな晩秋の陽射しを一身に浴びていた。

10黒川春日神社★DSC02556s.jpg12黒川春日神社★DSC02564s.jpg13黒川春日神社★DSC04332s.jpg
14黒川春日神社★DSC02571s.jpg15黒川王祇会館★DSC02584s.jpg17黒川王祇会館★DSC04354s.jpg

500年受け継がれる祈りの芸能、
黒川能の地を訪ねて。

 そこからから車で30分程南下した旧櫛引地区は、国の重要無形民俗文化財“黒川能”ゆかりの地だ。その中心に位置する「春日神社」は、500年の歴史を持つ伝統芸能の本拠地。この社は珍しいことに、舞殿が拝殿の中にある。普段は施錠されているが神聖なその雰囲気は、中扉の格子窓から垣間見ることができる。
 世阿弥が大成した猿楽の流れを汲む“黒川能”は、いずれの能楽の流派にも属さず、独自の伝承によって受け継がれて来た庄内地方固有の郷土芸能だ。神事であるため玄人の能楽師はおらず、囃子方も含め神社の氏子が務めるのが習わしとなっている。そのため今では廃れてしまった古い演目や演式など、昔ながらの独特の形が数多く残されている。
 隣りあう敷地には、その“黒川能”の歴史を紹介する伝承館「黒川能の里 王祇会館」もある(大人1人400円)。館内には貴重な衣装や能面などを展示するギャラリーの他(撮影禁止)、例祭の中でも最も重要な「王祇祭」(おうぎさい)の資料映像がスクリーンシアターで鑑賞できる。興味のある方はぜひ訪ねてみてはいかがだろう。

20いさごや客室より★DSC04221s.jpg21いさごや貸切風呂★DSC02376s.jpg22いさごや貸切風呂より★DSC02443s.jpg23いさごや夕食個室★DSC02160s.jpg
24いさごや夕食★DSC02186s.jpg30いさごや夕食★DSC02317s.jpg32いさごや朝景★DSC04254s.jpg

名残の秋と、はじまりの冬。
狭間の風情にひたる海辺時間と。

 荒々しい白波と対照的に、静けさを湛えた空の高さに冬の気配を感じる湯野浜。いさごやにチェックインしてまもなく、つるべ落としの秋の陽を贅沢に楽しもうと、またお気に入りの貸切風呂へ(詳細はこちらのブログを参照)。窓を開け放ち、潮風を深く吸い込みながらのんびりと水平線へと視線を遊ばせる。
 本日の夕食は気分を変え、料亭の個室で。見目麗しい晩秋の前菜には「庄内柿の釜盛」に山ぶどうがあしらわれている。「山形牛石焼」に「もどりサワラの杉板焼」、上品な「土瓶蒸し」のお出汁でいただいた「鮭の炊き込みご飯」まで。名残の秋の味わいは、お腹で愉しむ一篇の物語だ(笑)。食後にはラウンジのライブラリーでオンザロック片手に秋の夜長の大人遊び。
 穏やかな海が迎えた翌朝。その清々しさと美味い朝食に英気を養い、今日の行き先に話が弾む。向かう“田麦俣”はカメラ好きにはたまらない絵になる山間の集落だ。

35田麦俣多層民家★DSC04205s.jpg42田麦俣多層民家★DSC02085s.jpg38田麦俣多層民家★DSC04107s.jpg
39田麦俣多層民家★DSC01925s.jpg43田麦俣多層民家★DSC04124s.jpg48田麦俣多層民家★DSC02028s.jpg
45田麦俣多層民家★DSC02046s.jpg54あさひ村七ツ滝★DSC02112sjpg.jpg53あさひ村七ツ滝★DSC04183s.jpg

暮らしの知恵が育てた
山間の造形美、田麦俣集多層民家。

 庄内あさひICから国道112号線を南下し、途中、深い山峡に抱かれた「落ち口の滝」を右手に観ながら谷へと続く旧道をひた走る。“六十里越街道”の中間に位置する“田麦俣(たむぎまた)“は、かつて湯殿山信仰の宿場町としても賑わった地区だという。
 やがて30戸程の民家が建ち並ぶちいさな集落に、ひときわ目を引く2軒の茅葺き民家が現れた。田麦俣多層民家だ。妻側から見た屋根の姿が武者の兜の形に似ていることから“兜造り”と呼ばれるこの家は、広い敷地が確保できない山間地において、居住空間と客人を泊める空間を立体的に確保したこの地方独特の意匠だ。
 案内版によれば、建物は江戸時代後期の文化文政年間 (1804~30) に建てられたとある。現存する2軒のうち1軒は民宿「かやぶき屋」(現在休業中)で、中は非公開。見学は隣り合う「旧遠藤家住宅」のみとなっている。(大人1人300円 ※入場料の受付は「かやぶき屋」へ)。
 豪雪地帯らしい堅牢さが目を引く「旧遠藤家住宅」の内部は3層構造になっており、1階が主人家族の居住空間、2~3階は使用人の住まいや作業場、養蚕に使われたようだ。当初、寄棟造りだった建物は明治中期に導入された養蚕業により、輪郭と反りが特徴の“兜造り”の屋根に改造され、採光と煙出しの窓が造られたという。ちなみにかつてこの地にあった「旧渋谷家住宅」(国重要文化財)は、現在は鶴岡市の致道博物館へ移築され、建物だけならそちらでも見学ができる。とはいえ時間的余裕があるならぜひ、周囲に広がる畑や山河など、この土地に流れる人々の歴史の残り香ごと味わっていただきたい。
 そこから車で約10分。“六十里越街道”を上った場所には、日本の滝100選のひとつ「七ツ滝」を遠望できるスポットもあった。落差約90m。色づいたブナ林の中、三条に分かれた真白な水が、再び一条の流れになって落ちる姿は霊場に相応しい厳かな美しさだ。

71大日坊㐬瀧水寺★DSC04409s.jpg56大日坊㐬瀧水寺仁王像運慶★DSC02643s.jpg58大日坊㐬瀧水寺★DSC02686s.jpg
59大日坊㐬瀧水寺★DSC02679.jpg61大日坊㐬瀧水寺即身仏★DSC02708s.jpg62大日坊㐬瀧水寺即身仏★DSC04395s.jpg63大日坊㐬瀧水寺★DSC02712s.jpg
70大日坊㐬瀧水寺春日局★DSC04368s.jpg60大日坊㐬瀧水寺★DSC04379s.jpg65大日坊㐬瀧水寺★DSC02694s.jpg66大日坊㐬瀧水寺★DSC02699s.jpg68大日坊㐬瀧水寺重文観音像★DSC02672s.jpg

心に迫る即身仏との対面。
霊場 湯殿山の古刹、大日坊。

 ところで日本国内に現在、18体ほど現存する即身仏のうち、6体がここ庄内に集中しているのをご存知だろうか。そのひとつ、程近くの大網地区にある「湯殿山総本寺 大日坊瀧水寺」には真如海上人(しんにょかいしょうにん)の即身仏がある。真言密教の聖地、湯殿山を開いた弘法大師空海によって807(大同2)年に開創されたこの寺は、徳川将軍家の祈願寺として春日局が参詣したことでも有名だ。
 風流な茅葺きの山門は中世室町以前の創建で、運慶作と伝わる仁王像も安置されている。その歴史の重さに少々緊張しながら、受付で拝観料(大人1人500円)を支払い早速、中へ。
 重要文化財のご本尊に手を合わせた後、案内されたのは奥の間。真如海上人は、そこに組まれた祭壇に鎮座していた。即身仏とは修行僧が食を断ち瞑想を続けて絶命し、衆生救済のために仏になる真言密教の教義だ。伺えば真如海上人はこの地に生まれ、20代から即身仏を志してこの寺で修行し1783(天明3)年、96歳で入定したという。
 かつて東北の農村はみな貧しく、幾度も飢餓に苦しめられた。そのため僧侶たちは、高野山で入定した空海のように、生命の限界を超えて民衆を救うことを願ったという。即身仏とミイラとの違いとは、人間がその形状をとどめたまま内臓も含め自然に乾燥されるという点にある。ゆえに入定した僧侶のすべてが即身仏になれる訳ではなく、傷みの酷いものは無縁仏として供養される。人々が即身仏を“有り難い”仏として信仰する理由は、こんなところにもあるのかもしれない。真如海上人の法衣は6年に一度、衣替えが行われ、古い衣は細かく裁断され信者にお守りとして販売されているようだ。
 寺は“女人湯殿山”と呼ばれ、かつて女人禁制だった湯殿山の参詣寺としても大いに賑わったらしい。堂内にはその信仰を物語る多数の仏像・神像が所狭しと安置されている。本堂内に設置されたギャラリーには、徳川家ゆかりの希少な奉納品も展示され見応えも充分。篤い信仰心が形となった、膨大なその遺物にまさに圧倒される古刹だった。

73大梵字★DSC04362s.jpg75大梵字★DSC02602s.jpg77大梵字★DSC02612s.jpg78大梵字★DSC02620s.jpg
79道の駅月山★DSC02747s.jpg83道の駅月山ふれあい橋と亀の滝★DSC02732s.jpg84秋の夕陽★DSC04404.JPG

 時は新蕎麦の季節。遅めの昼食がてら帰りに立ち寄った近くの「そば処 大梵字」では、風味豊かな地粉“出羽かおり”の十割蕎麦による「天ざるそば」(1,350円)と名物の「行沢のとち餅」(430円)に舌鼓。道を挟んだ向かいには月山ワインや山ぶどうの加工品など、地元特産の土産も購入できる「道の駅 月山」もあった。
 敷地内にある吊り橋を歩きながら、ぐっと冷えてきた夕方の寒さにまもなく訪れる長く厳しい冬を思う。ある人の言葉を借りれば、庄内の冬は夏同様に海の存在を感じる季節だという。日本海から吹きつける猛烈な風は、ときには積もった雪を地吹雪に変える。しかし、だからこそひとつひとつの出会いは、一層逞しく清らかだ。酸いも甘いも故郷のすべてを楽しもうと待ち構える庄内の人々の心は、冬こそ熱い。お出かけの際は、迎え撃つこちらも知的好奇心と遊び心の携帯をお忘れなきよう(笑)。


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posted by 庄内あるく at 11:12日記

9月 松ヶ岡開墾場と庄内映画村

庄内藩士3,000人が拓いた、
松ヶ岡開墾の歴史

03松ヶ岡開墾記念館s★DSC02602.jpg

2017年9月某日
 9月を迎え、今年も残すところ3ヶ月余り。明治維新から150年の節目を迎える来年の大河ドラマは、西郷隆盛が主役だという。実はこの西郷隆盛と庄内は浅からぬ関係がある。
 出羽国田川郡庄内(現:鶴岡市)を本拠地に、庄内地方を知行した庄内藩は、転封が多い譜代大名にあって、明治維新まで酒井氏が一貫して統治した。戊辰戦争後、会津藩と並ぶ列藩同盟の盟主として厳しい処分を覚悟した庄内藩だったが、その内容は意に反して極めて寛大なものであった。この誘導には兵刃を交えた薩摩藩の西郷隆盛の口利きが大きく関わったという。秋も深まる9月下旬、その歴史を訪ねてみることにした。

02松ヶ岡開墾・二番蚕質s★DSC01330.jpg04松ヶ岡開墾記念館s★DSC01325.jpg05松ヶ岡開墾記念館s★DSC01328.jpg10松ヶ岡開墾記念館s★DSC02607.jpg08松ヶ岡開墾記念館の昔s★DSC01341.jpg13松ヶ岡開墾記念館s★DSC02625.jpg06松ヶ岡開墾記念館★DSC02627s.jpg11松ヶ岡開墾記念館田中コレクションs★DSC02622.jpg14松ヶ岡開墾・三番蚕室s★DSC01372.jpg15松ヶ岡開墾・三番蚕室s★DSC01360.jpg

 鶴岡ICを降りて車で約20分、向かったのは月山の麓にある「松ヶ岡開墾場」。ここは戊辰戦争に破れた庄内藩士約3,000人が、新時代の殖産興業であった養蚕業育成のため、刀を鍬に持ち替え、わずか58日で約100haもの原生林を開墾奉仕した地として知られる。 
 現在、開墾場跡地には1875~1877(明治8~10)年にかけて建造された日本最大の瓦葺上州島村式三階建の蚕室10棟のうち5棟が現存し、「松ケ岡開墾記念館(一番蚕室)」や「庄内農具館(四番蚕室)」、「庄内映画村資料館(五番蚕室)」などの名で一般公開されている。
 訪れた日はあいにくの小雨模様。しっとりと静かな緑に包まれた古い木造家屋は、歳月に愛された風格で私たちを迎えてくれた。
 入口で入館料(大人100円)を支払い、まずは「松ケ岡開墾記念館」へ。現在、建物は1階が開墾の歴史とシルクの製造工程にまつわる展示で、2階は開墾士の末裔の田中兄弟のコレクションである郷土玩具のギャラリーになっている。
 当時、日本の総輸出額の4割以上を占めていたという生糸。ここ松ヶ岡でも養蚕による産業の近代化を促進するべく、1874(明治7)年には311haに及ぶ桑園が完成。以後、国内最北限の絹産地として発展し、今なお養蚕から絹織物まで一貫工程が残る国内唯一の場所として“日本遺産”に認定されている。上品な輝きとしなやかな手触りを持つ“松ヶ岡シルク”は、現在「kibiso」ブランドの名で発信されているようだ。
 「おカイコさまの蔵」と名付けられた隣接する「三番蚕室」では、昨年、半世紀ぶりに再開した蚕の飼育も見学できる(6月と9月)。蚕が糸を吐き出し繭を作るまでは約3週間。サナギになる直前の食欲はまさに旺盛で、部屋中にガサガサと桑の葉を食む音が響く程だという。見学した日は寒さのせいか蚕の動きも緩慢で、耳を近づけてようやくカサカサと慎ましい音が聞こえる程度(笑)。お話によれば、蚕は世界最弱のデリケートな虫で、餌となる桑の葉はわざわざ40kmも離れた畑から無農薬のものを運んできているという。人に有益な蚕は“家畜”扱いのため、“一頭、二頭”で数えるという話も興味深かった。

16松ヶ岡開墾・映画村資料館s★DSC02597.jpg22松ヶ岡開墾・映画村資料館s★DSC01281.jpg21松ヶ岡開墾・映画村資料館s★DSC01279.jpg
27松ヶ岡開墾・映画村資料館s★DSC02587.jpg19松ヶ岡開墾・映画村資料館s★DSC02556.jpg26松ヶ岡開墾・映画村資料館s★DSC02576.jpg
28松ヶ岡開墾・くらふとs★DSC01314.jpg30松ヶ岡開墾・くらふとs★DSC01320.jpg29松ヶ岡開墾・くらふとs★DSC02599.jpg31松ヶ岡開墾・器ギャラリーs★DSC01378.jpg

地元ロケ作品の裏側にせまる、
庄内映画村資料館

 楽しみにしていた「庄内映画村資料館」は、映画ファンなら一度は訪れたい施設。ここは地元でのロケで実際に使われたセットや撮影機材、衣装や台本、その他、往年の名作洋画や邦画ポスターなど、映画にまつわる1000点以上の資料を展示している。
 近年、庄内エリアはその豊かな自然や昔ながらの景観を活かし、映画ロケを積極的に誘致している。ここで排出された作品には、米アカデミー賞外国語映画賞を受賞した「おくりびと」(2008年公開)をはじめ、日本映画史に残る名作が多々ある。
 館内には記念撮影のための貸衣装や映画に使われた小道具(「おくりびと」の棺桶も!)の他、映画のメイキング映像や昭和の懐かしいニュース映像も上映され、立体的な展示が楽しめる。玩具コーナーで偶然発見した隠密剣士のパッタ(めんこ)は、なんと50年(!)ぶりの再会に(笑)!
 建物の周囲には、古い民家をそのまま利用した食事処やカフェ、土産処棟もあり、繭玉を使ったクラフト体験や陶芸体験など、思い出づくりにも事欠かない。春は桜の名所でもある松ヶ岡。四季折々の景色に包まれ、ゆっくりと一日を過ごすのもいい場所だ。

34松ヶ岡本陣s★DSC01392.jpg36松ヶ岡本陣s★DSC02657.jpg38松ヶ岡本陣s★DSC01417.jpg

 「松ケ岡開墾記念館」の道を挟んだ反対側には、かつて開墾事業の本部として使われ、今なお生きた文化財として人々の交流拠点となっている国指定史跡「松ヶ岡本陣」もある。本陣内には松ヶ岡の歴史をはじめ、平和裏に戊辰戦争を終結した庄内藩の大恩人、西郷隆盛への敬慕を表し、その教えを収めた「南洲翁遺訓」の資料などが展示されている(南州は西郷隆盛の号名)。
 ここで庄内藩の歴史について少しふれておきたい。徳川四天王の一人と言われた酒井忠次を藩祖とする庄内藩は、会津藩と並ぶ佐幕派(幕府の補佐)の双璧と謳われ、幕末には革命を目指す薩摩藩の取締をする江戸市中取締役を勤めた。しかし1837(慶応3)年、反乱勢力を制圧するため行った薩摩屋敷の焼討ちが、戊辰戦争の火種となってしまう。
 新政府軍との戦いにおいて庄内藩は最新の武器に加え、藩士・民兵で組織された結束力の強い軍により、東北の雄藩が次々と敗戦するなか明治政府軍を圧倒。最後まで自らの領地内に敵の侵攻を許さなかった。会津藩の降伏で終結した戊辰戦争において、庄内藩は最後まで戦い抜き、勝利のまま降伏した藩である。
 戦後、庄内藩は新政府からの転封命令や賠償金請求についても、領民が転封撤回の嘆願活動を行い、藩への献金をもってこれを乗り越えた。西郷隆盛が口添えをした理由には諸説あるが、藩民一体のこの強い絆に新時代に不可欠な動力を見出したのかもしれない。ちなみに、このときの西郷隆盛への恩義が縁で現在、鶴岡市と鹿児島市は姉妹都市となっている。

39いさごやs★DSC02523.jpg41いさごやs★DSC01157.jpg42いさごやs★DSC01230.jpg44いさごや夕s★DSC02431.jpg46いさごや夕s★DSC02449.jpg48いさごや夕s★DSC02466.jpg51いさごや朝s★DSC01255.jpg

スタイルに遊ぶ海の貸切風呂。
秋の夜長の大人贅沢。

 いさごやに到着したのは夕暮れどき。日の短さに深まる秋を実感しながら、部屋で少し休んだ後、ラグジュアリーな風呂タイムを愉しむことに。
 「ハイプライベートスパ 漣」は、“プレミアムスパ・リビング”とでも言うべき、贅沢な造りの貸切風呂だ。ゆったりとした間取りには、海に面した湯船とリラクゼーションチェア、さらに音楽が楽しめるオーディオ機器やミニ冷蔵庫が設置され、ウイスキーやシャンパンなど、好みの酒が愉しめるようになっている。潮騒を残し闇へ落ちていく水平線を、JAZZYな音楽に身を任せながら、連れとゆったり眺める至福のひととき。
 夕食は秋の味覚に、季節を目でも愉しませる魯山人の写し器の妙技。調理人が目の前で焼き上げるアワビの踊り焼きに、“ひやおろし”のこっくりとした味わいもよく合う。そのまま特別純米、純米吟醸と盃を重ね、夜長の美酒に羽化登仙(笑)。
 晴れやかな朝。目の前に広がる清々しい空と海の景色を仰ぎ、少々ぼんやりした頭を奮い起こし(笑)、宿を出発。

94庄内オープン・鶴乃湯s★DSC01652.jpg53庄内オープン・二階楼の先s★DSC01447.jpg57庄内オープン・宿場町s★DSC01496.jpg55庄内オープン・宿場町s★DSC01462.jpg
61庄内オープン・山間集落s★DSC01536.jpg63庄内オープン・山間集落s★DSC02696.jpg62庄内オープン・山間集落s★DSC01514.jpg64庄内オープン・山間集落s★DSC02713.jpg67庄内オープン・山間集落水車小屋s★DSC02719.jpg
69庄内オープン・農村s★DSC02720.jpg75庄内オープン・農村s★DSC01646.jpg73庄内オープン・農村おしんs★DSC02726.jpg

広大な敷地に佇む7つの世界。
庄内オープンセットで時代巡り。

 いさごやから松ヶ岡方面へ再び約30分。次第に狭くなる山道の先に辿り着いた「スタジオセディック・庄内オープンセット」は、映画の撮影で実際に建てられた屋外セットをそのまま保存して一般公開している人気観光スポットだ。
 エントランス前には早速、映画「おくりびと」(2008年公開)にも登場した「鶴の湯」が移築され、内部が自由に見学できるようになっている。高まる期待に、まずは入場料(一般1,300円)を支払い、係員による施設の説明を受ける。南北約2キロ。東京ドーム約20個分もの広い園内は漁村や宿場町など、7つのエリアに分かれているらしい。移動には20分間隔で運行する周遊バス(乗車券500円)もあるようだが、今回は散歩がてら、のんびりと歩いて巡ることにした。
 見所のひとつ「宿場町エリア」は、「戦国時代エリア」の見張櫓を進んだ先に忽然と現れた。旅籠や商家などの建物が約200mに渡りズラリと並ぶ姿は、まさに時代感覚を失うリアルさ。遠くに見える月山を借景にしたセットは、近年では「十三人の刺客」(2010年公開)など多くの時代劇映画に登場し、見覚えがある!と思う佇まいがあちこちで楽しめる。
 北側の一番奥の高台に造られた「山間集落エリア」では鶴岡出身の小説家、藤沢周平原作の映画「蝉しぐれ」(2005年公開)で文四郎の家としても使われた民家をはじめ、水車小屋など昭和初期の山間部の暮らしが再現されている。日本中でここだけという、本格的な田園風景が広がる「農村エリア」は、今にも着物姿の童が飛び出してきそうな雰囲気だ(笑)。映画のため一年をかけて育て上げたという刈取り直前の棚田の奥には、映画「おしん」(2013年公開)で使われた茅葺きの民家が昔話のように佇んでいた。いずれのエリアの建物も、撮影用に内部まで丁寧に造りこまれ、周囲の景色と溶け合ったその本物感に驚く。

77庄内オープン・漁村s★DSC01594.jpg82庄内オープン・漁村商家s★DSC02746.jpg
83庄内オープン・漁村商家s★DSC01582.jpg84庄内オープン・漁村s★DSC01636.jpg85庄内オープン・漁村s★DSC02754.jpg87庄内オープン・風の館s★DSC01613.jpg
92庄内オープン・風の館s★DSC01632.jpg91庄内オープン・風の館s★DSC02769.jpg97田代食堂s★DSC02642.jpg100鶴岡夕暮れs★DSC01665.jpg

 かつて庄内浜で実際に使用されていたという船や漁具類を配した「漁村エリア」は、まるで海に続くかのような気配で造りこまれた集落。中でも園内最大級の建物だという商家屋敷は、中庭を囲む回り廊下をはじめ、広い座敷のある本格的な建物で「るろうに剣心 京都大火編」(2013年公開)や、わが故郷仙台藩の実話に基づく時代劇「殿、利息でござる!」(2016年公開)などの撮影に使用されている。一転、2013年から公開されている新しい「風のエリア」は南フランスがテーマ。キッチンに生活感を感じる食べかけの食材まで細かくスタイリングされた洋館は、ジブリの世界をそのまま実写化したようなファンタジックな雰囲気だった。
 県内屈指の豪雪地帯にあり、冬には数メートルもの雪で閉園となる「スタジオセディック・庄内オープンセット」は、国内に幾つかある同様の施設の中でも、庄内の厳しい自然をそのまま活かしたワイルドな環境が魅力だ。ちなみに園内に舗装された場所はない。雨が降ったら足元はそれなりのことになるので、見学の際にはご注意を(笑)。
 帰り道、ランチタイムぎりぎりに滑り込んだ「田代食堂」は、地元でも評判のラーメンの人気店。肩ロースと豚バラ肉のダブルチャーシューが楽しめる「中華そば」(700円)は鶏ガラ、豚骨、焼干をベースにしたスープが、無添加の手もみ麺とよく絡む懐かしい旨さだった。
 店の窓の外に見える白いソバの花。その花言葉は「喜びも悲しみも」。庄内の地で見るその姿に深い感慨を覚えるのは私だけだろうか。波乱の開墾の歴史からエンターテイメントの世界まで。この地を巡れば、なぜここが映画の聖地となっているかが腑に落ちる気がする。厳しい自然との共生に時を重ねてきた人々の情は、今もなおどこか土臭く懐かしい。それこそが生ける日本の原風景、壮大なノンフィクションなのだ。



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posted by 庄内あるく at 17:59日記