11月 東北の霊場、羽黒山

神霊に出会える杉古道。
みちのくの山岳信仰の霊場、羽黒山。

02羽黒山入口s.jpg06羽黒山最初の坂s.jpg
11月某日
 ご存知だろうか。かつて“西の伊勢詣り、東の奥詣り”と呼ばれた修験道の聖地、出羽三山には、現在・過去・未来に渡る救済思想がある。羽黒山、月山、湯殿山を巡るいわゆる“三山詣で”は、この三世における死と再生(よみがえり)を果たす旅とも言われる。
 厳寒の冬には閉鎖となる月山、湯殿山と異なり、一年中、参拝できる羽黒山山頂にはこの三山の神を合祀した「三神合祭殿」が鎮座し、そこを参詣すれば一度に三山詣でができるという。寒さも押し迫る11月初旬。今年の紅葉の見納めも兼ね、一路、羽黒へ車を走らせる。

01羽黒山大鳥居s.jpg05羽黒山天拝石s.jpg03羽黒山随神門s.jpg07羽黒山下居社s.jpg
08羽黒山祓川神橋s.jpg11羽黒山須賀の滝s.jpg
13羽黒山爺杉s.jpg16羽黒山五重塔修験者s.jpg18羽黒山一の坂s.jpg

 羽黒山参詣での表玄関となる「随身門(ずいしんもん)」は、鶴岡ICから「羽黒山大鳥居」方面へ車で約25分。ここはミシュラングリーンガイドジャポンの3つ星でも話題となった、巨木の杉林に2,416段もの石段が続く表参道の起点だ。
 出羽三山の開山は古く6世紀。伝承によれば、この地に辿り着いた第32代崇峻(すしゅん)天皇の御子である蜂子皇子(はちこのおうじ)が難行苦行の修行により羽黒権現の出現を拝し、さらに月山権現と湯殿山権現を感得し三山を開山したという。
 訪ねた日はあいにくの雨模様。近くの「いでは文化記念館」に車を停め、意を決して門前へ。ここから先は出羽三山の広大な神域だ。歩き始めてすぐ世界は一変。凛とした空気のなか、国の天然記念物にも指定される樹齢300~500年の杉並木の生気が体に染み込んでくる。「継子坂(ままこさか)」と呼ばれる下り石段を、滑る足元に注意しながら進むこと約10分。産土神(うぶすながみ)を祀る下居社が見え、その先に朱塗りの「祓川(はらいがわ)神橋」が現れた。
 「まさに、心が洗われるわね」と、清々しい顔で連れが呟くここは、かつて山詣での人々が水垢離をした場所だという。視界が開けた周囲は紅葉のスポットでもあるらしく、暗闇に慣れた目に眩しい程の彩りが飛び込んでくる。橋向かいの懸崖には、50代別当(住職)の天宥(てんゆう)が築造した人工の「須賀の滝」が、白い絹糸のように岩肌を縫いとっている。
 国宝「五重塔」はこのすぐ先にある。東北で最古と言われる塔の高さは約29.0m。現在のものは約600年前に再建されたものだ。重厚な存在感を放ちながらも華美に主張しないその佇まいは、景色に溶け込む素木造りのせいか、はたまた塔の高さを遥かに凌ぐ周囲の美林のせいだろうか。傍らにはそんな羽黒の物語を千年見守ってきた「爺杉(じじすぎ)」が、語り部のように聳えていた。
 参拝路のひとつの区切りでもある五重塔までは、片道20分程。山頂の祭殿までは別途、羽黒山有料道路を使い車で向かう軽快なフットワークもある。足腰に自信のない方や、時間に追われる観光ならここで折り返し、そちらを選ぶのもいいだろう。

20羽黒山葉山衹神社s.jpg21羽黒山山衹神社から眺望s.jpg22二の坂茶屋s.jpg23羽黒山二の坂s.jpg
24羽黒山表参道杉並木s.jpg25羽黒山芭蕉三日月碑s.jpg28羽黒山三の坂s.jpg29植山姫神社s.jpg30羽黒山斎館s.jpg33羽黒山斎館s.jpg35羽黒山山頂鳥居s.jpg

生まれ変わりを祈る“産道”で、
八百万の神々に見守られながら。

 “一の坂、二の坂、三の坂”と杉木立を従え奥へ奥へと伸びる参道は、喧騒と無縁の静寂の世界。ゼイゼイと荒い自分の息遣いだけが、辺りの空気を震わせていく。
 やっと辿り着いた「二の坂茶屋」は、参道の中でもとりわけ急な“油こぼしの坂”の上にある。ここで飲み物を入手し、まずは生き返りの一服(笑)。茶屋からは、晴れていれば庄内平野が一望できる。江戸時代、人々はここから眺める水を張った春の美しい田園を“陸の松島”と呼んで愛でたという。伺えば、電気もガスもないここで参詣者を迎える店の方々は、急勾配のこの坂を毎日重い荷物を背に上り下りしている(!)。興味深い話と評判の“力餅”(500円)に心は傾くが、不安定な空模様に「また帰りに寄ってみます」と、挨拶をして先を急ぐ。
 ここからは、参道の中でも神々しい景観で知られる静謐な巨木の森だ。羽黒山に石段が造られたのは約400年前。この道をどれほどの修験者が往来したのだろうか。山内には芭蕉ゆかりの「三日月碑」など、ここを訪れた文人墨客の句碑や詩碑など、多くの石碑も建立されている。人々の祈りが行き交った歴史の突端にいることに、感慨を覚えずにはいられない。
 かつて寺宝前院があった「旧御本坊跡」を過ぎれば、いよいよ最後の難関“三の坂”。道はここで2つに分かれ、一方は松尾芭蕉が“奥の細道”の行脚の際、逗留した別院があった“南谷”へと続くようだが、迷わずこのまま山頂を目指すことにした。
 向かう途中、びっしりと赤い紐が結ばれた社が目を引く「植山姫(はにやまひめ)神社」は、イザナミノミコトの“糞”から生まれた土の神、ハニヤマヒメノミコトを祀る社だ。いのちを育み“モノを生み出す”ことから陶磁器の守護や安産、良縁を呼ぶ縁結びの神として、今も篤く信仰されているという。参道は私たちのルーツでもある、古代信仰に触れる貴重な場所でもある。
 深い霧のなかに現れた「斎館」はかつて華蔵院という名の寺だった由緒ある建物。現在は参拝客の宿泊所や、精進料理が楽しめる食事処としても利用されている。そこから山頂の赤鳥居までは数分だ。鬱蒼とした暗い杉木立から一気に明るみの世界に躍り出る心地は、まさに母の胎内から出づるいのちの再生を彷彿とさせてくれる。

36羽黒山三神合祭殿s.jpg37羽黒山三神合祭殿s.jpg出羽三山神社三神合祭殿御朱印.jpg
51羽黒山山頂帰路s.jpg38羽黒山三神合祭殿s.jpg49羽黒山山頂紅葉s.jpg
45羽黒山山頂上居社s.jpg47羽黒山山頂上居社建角身神社奉納s.jpg48羽黒山山頂風車s.jpg52寝覚屋半兵衛s.jpg

風格の中に宿る包容力。
迫力の茅葺大社殿、三神合祭殿。

 約1時間の道のりを経て着いた山頂は、雨に色を増した紅葉が彩る錦絵の世界。私たちの目の前に現れた「三神合祭殿(さんじんごうさいでん)」は、“合祭殿造り”と呼ばれる羽黒派古修験道独自の様式だ。どっしりとした厚さ2.1mもの茅葺きを持つ社は全国最大だが、丸みを帯びたそのフォルムはどこか優しくさえ感じる。早速参拝し、珍しい見開きの御朱印をいただく。
 社殿前の「鏡池」は羽黒神社の御神体で、一年を通して水位が変わらない神秘の池として信仰されてきたという。参集殿前には、大梵鐘のあるこれまた萱葺き屋根の鐘楼もある。境内には他にも天宥法印を祀る「天宥社」や先祖祭祀の「霊祭殿」、また「鏡池」から出土した銅鏡などを展示する「歴史博物館」など見所が多い。“百一末社”である出羽三山には多数の末社も散在し、ここ羽黒山でも7つの社が並祀されているようだ。そのひとつ、修験道の祖として知られる役行者(えんのおづぬ)を祀る「末社健角身(たけつぬみ)神社」には、旅の安全や健脚を願い奉納された多くの靴もあった。
 社殿周囲には、ところどころ足場も組まれ冬囲いの準備も始まっている。一年を通じ参拝できる羽黒山といえども、ここは県内屈指の豪雪地帯。ましてや雨の今日の気温は真冬並み。凍てつく寒さに連れの嘆願(笑)で、私たちも参集殿でしばし暖をとりつつ休憩することににした。(ちなみに公衆トイレは、参道登り口の手前と山頂の参集殿のみ。上る際には注意していただきたい。)
 帰りは、膝がガクガクと笑う下り坂(笑)。晩秋の日の短さに既に店じまいしていた「二の坂茶屋」を惜しみ、下山後は少し遅めの昼食を求め、前回訪ねそびれた善寳寺近くの麦きりとそばの有名店「寝覚屋半兵衛」(詳しくはこちらのブログを参照)の暖簾をくぐる。創業120年の老舗らしく、メニューは麦きりと生そばの2つのみ(笑)。“そね”と呼ばれる庄内地方独特の角盆に盛られた麦きり(2人前 1,550円)は、食べ応えあるボリュームと程よいコシ。甘めの出汁と辛子がよく合う旨さだった。

55いさごや客室sjpg.jpg54いさごや客室s.jpg56いさごや吟水湯s.jpg
59いさごや夕食s.jpg60いさごや夕食s.jpg62いさごや夕食s.jpg63いさごやセラーs.jpg64いさごや夜ライブラリーs.jpg
66いさごや朝窓からs.jpg67いさごや朝食s.jpg68いさごや朝食s.jpg69いさごや朝食s.jpg

海が迎えるくつろぎと口福。
心に沁みる晩秋の湯宿の幸。

 強まる雨足に急ぎ足でいさごやへ向かい、まずは「吟水湯」で冷えた体をじっくり温める。少し白波が見えるものの、暮れゆく海は今日も饒舌な物語のようだ。清浄な山の恵みの祝福を受けた一日を振り返り、少々酷使した足を念入りにいたわる(笑)。
 遅い昼食で心配した夕膳も「庄内柿の白和え」や「あけびの肉味噌詰め」、「土瓶蒸し」など、名残の秋を映した見た目も鮮やかな献立に、おのずと箸は進む。和食にとどまらない「海鮮ホワイトソースパイ包み焼」の洋皿は、連れもいたく気に入ったようだ。
 ダイニングのある同じフロアの一角には、庄内のすべての酒蔵の銘酒をそろえた酒庫「幽居」もある。ここで好みの酒をオーダーすれば、夕食時をはじめ、ルームサービスでも届けてもらえるらしい。料理宿としての流石の気遣いだ。
 食後はバーも兼ねたラウンジのライブラリーで、連れは興味深い一冊を見つけたらしい。一心に読みふける彼女を置き、私はまた風呂を楽しむことにした。
 翌朝の天気も曇天。今にも泣き出しそうな空を眺めいただく朝食には、県内の9割以上の水揚げを誇る酒田名物の「イカ刺し」や、ご当地らしい「ハタハタの陶板焼」も登場。その美味さに元気を得て、昨日、時間切れで訪ね損ねた寺の話へと花が咲く。

70玉川寺s.jpg71玉川寺s.jpg81玉川寺s.jpg
75玉川寺s.jpg76玉川寺s.jpg78玉川寺s.jpg玉川寺御朱印.jpg85正善院黄金堂s.jpg86正善院黄金堂s.jpg87黄金堂お竹大日如来s.jpg

波乱の歴史が育んだ
風情と人情の古刹逸話。

 向かう「玉川寺(ぎょくせんじ)」は、「羽黒山大鳥居」の手前を右手に入り少し進んだ先にある。別名“花の寺”とも呼ばれるここは、月山の湧水を引いた庭園に咲き誇る四季の花々の景色でも愛されている。寺の開山は鎌倉時代の1251(建長3)年だが、現在に至る名園はこれまた、羽黒山の天宥別当の手によるものらしい。京都の小庵を思わせるその風情は、骨太な羽黒とは対象的な繊細さだ。緋毛氈が敷かれた回り縁でゆったりと抹茶とお菓子(400円)をいただきながら、目の前に広がる名園の一幅に酔いしれる。
 そこから程近く、宿坊が立ち並ぶ門前町の手向(とうげ)地区には、羽黒山開祖の蜂子皇子ゆかりの御堂「正善院黄金堂」もある。寺は明治時代、廃仏毀釈の手を逃れた羽黒山一帯の貴重な仏像群が持ち込まれたことでも知られ、山伏修行の荒澤寺(こうたくじ)を管理する首院だという。境内には“庶民の中から生まれた仏”として、江戸時代に実在した“お竹さん”を祀る「於竹大日堂(おたけだいにちどう)」も見え、晴れた日にはここから月山のたおやかな優姿が望めるようだ。
 圧倒的な自然のパワーを体感しながら、私たち日本人の根底に流れる精神文化にあらためて触れた羽黒山参詣。出羽三山への旅は、いわば故郷に還る旅だ。まもなくこの地を覆う長く厳しい冬。深く清らかなその眠りの先に“よみがえり“の春は繰り返し、出羽の山々もまた、新しいいのちの再生に目覚める。夢にも似たその営みこそが、私たちをこの地に惹きつけて離さない、もうひとつの神力なのかもしれない。


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